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東京高等裁判所 昭和30年(ツ)11号 判決

上告人 控訴人・被告 前野アサ 代理人 中島宇吉

被上告人 被控訴人・原告 佐藤一郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人は「原判決を破毀する。更に相当な裁判を求める」旨申立て、その理由として、別紙上告理由書記載のとおり主張した。

上告理由に対する判断。

上告人は、原審において、被上告人は、本件土地につき所有権回復の登記手続を経ていないし、上告人が本件土地については所有者として登記簿上の記載がなされているから、被上告人は上告人に対し、民法第一七七条によつて本件土地の所有者であると主張し得ないとの主張と、本件土地の引渡について民法第五三三条、第五四五条の抗弁の主張をなしたと主張しているが、本件記録によつても、上告人が原審で右のような主張をなしたことは認められないから、原判決がこれらの点についてなんの判断をしないとしても、もとより当然である。

被上告人に対する本件土地の買収処分が茨城県知事によつて取消され、売却処分がなされた後に買収処分を取消し得るかの点は別にして、それが確定したことは、原判決が証拠によつて適法に確定しているところであるから、右取消処分が確定した以上、右処分は対世的効力を有し民法第五四五条第一項の規定は行政処分には適用されないから、上告人に対しても当然その効力を及ぼし、被上告人は上告人に対する関係でも、当初から本件土地に対する所有権を失はないことになると共に、上告人に対する本件土地の売却処分は、所有権を有していないものがなした売却処分であるから、その処分を取消すまでもなく効力を生ずるに由なく、上告人は本件土地に対する所有権を、当初から取得したことがないことになるのである。従って、上記買収の取消処分が確定すると共に、取消手続は全く完了したものと解するを相当とする。しかして、上告人が本件土地の不法占有者であることは原審の適法に確定しているところであるから、被上告人の登記のないことを主張する利益を有しないものである。右のような関係にあるのであるから、上告人が本件土地について登記簿上所有名義者であつても、右登記は無効である、又上告人が本件土地に対し公租、公課を納入し供出を完了し、平穏かつ公然に耕作をつづけているとしても、右のようなことを事由として、被上告人に対し本件土地の引渡を当然拒み得るものでもない(本件記録によれば、この点について、上告人は原審において右のような主張をしたことは認められない)。又このような関係で、被上告人に対し本件土地の明渡しを命じたとしても、原判決の認定しているように、上告人が本件土地を占有するなんの権原をも有しない以上、上告人主張のように憲法第二五条、第二九条に抵触するものでもない。結局上告人の主張は、独自の見解にたつて原判決を非難するもので、理由がないから、民事訴訟法第四〇一条によつて本件上告を棄却し、上告審での訴訟費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用し、主文のように判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

上告理由

上告人は原審に於ける昭和二十九年五月二十五日の口頭弁論に於て乙第一号証登記簿抄本を提出原審どをり立証趣旨を陳述し原審に於ける岡部菊之助の証言を援用上告本人前野アサの訊問の結果を援用すると述べたことは同日の口頭弁論調書記載の通りにて第一審裁判所に於ては乙第一号証を提出し本件の土地所有、名義は上告人なる事実を立証し不法な占有耕作し居るものでないことを立証したること及本件土地は買収取消になつたとしても未だ買収関係は終結したるものと思はないから不法占有と言ひ得ないと供述したることは第一審裁判所の口頭弁論調書の記載の通りで民法第百七十七条及原状回復義務不履行(民法五百三十三条五百四十五条の抗弁をなしたること明かなり。之に対し原審に於ては成立に争いのない乙第一号証は右土地の登記簿上の所有名義人として控訴人を掲げているけれども右記載は成立に争ひない甲第一号証及原審証人岩佐巌の証言によれば本件土地については自作農創設特別措置法により昭和二十三年七月二日を買収期日とする買収処分がなされ、次いで控訴人を売渡の相手方とする売渡処分がなされたので一旦右のような控訴人名義に所有権取得登記がなされたのであるが昭和二十七年四月二十三日右買収並びに売渡処分の基礎たる買収並びに売渡の各計画に対する承認を県農業委員会が取消しこれによつて知事が右買収処分を無効とする旨通知し、即ち買収処分を取消したものであることが認められ従て右売渡処分も失効したものと認むべきであるから前記乙第一号証は本件土地が現在被控訴人の所有に属することを認めるにつき妨げとならないと判示し被上告人の所有権の取得又は回復には物権法に従い登記をなすにあらざれば上告人に対抗することを得ざる抗弁及知事が買収処分を取消すも民法第五百四十五条の原状回復の義務を遂行せざれば買収処分の取消の手続完結し居らず上告人に対抗出来ざる抗弁を排斥せり。

自作農創設特別措置法第三条の規定に因る買収の当事者は農地の所有者にて其買収の効果は其農地の所有者は所有権を喪失国は其農地の所有権を取得することは同第十二条の定むる所で之れが対価は農地所有者に支払はるるもので買収の当事者は政府と農地所有者である買収土地の売渡に付ては同第二十一条に第二十条の規定による売渡通知書の交付があつたときは其通知書に記載された売渡の時期に当該農地の所有権はその通知書に記載された売渡の相手方に移転するとあり同第二十条の通知書には「対面の支払の方法及時期」とあり又同第十七条には農地を買受けんとするものは市町村農地委員会に対してその申込をしなければならないとあり売渡しの当事者は政府と売渡の相手方である。本件に於ける被上告人は前記買収の当事者で上告人は売渡計画に基く売渡の当事者で本件係争地の得喪変更に付ては相互に第三者の関係にあるに係はらず原審に於ては「被上告人の所有に属することを認めるにつき妨げとならない」とのみ判示し今尚上告人の所有権取得登記は厳然として存在、公租公課を納入、供出完了、平穏且公然に之を占有耕作、右土地を耕作することによりて辛ふじて最低生活を維持し居る現実の真相を度外視して之を不法占有なりとなし上告人の抗弁を排斥し実体私法(民法百七十七条同五百三十三条同五百四十五条同一条等)の適用を除外する特段の理由を明示せざるは理由不備の違法あると共に買収取消なる行政権の発動は実体私法の適用を除外するものなりとの判示は憲法第二十五条のすべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すること同第二十九条の財産権はこれを侵してはならない、財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律でこれを定める」に牴触するものである右違法は判決に牴触するものであること明かなる違背で上告は理由あり破毀は免れざるものと信ず。

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